大人が子供になるとき
似てるけれど陰陽が逆のつまり見かけの性格が逆の人のことを考えていたら、浮かんだタイトル、ブログを書いてみようと思った。
裸の王さまに見たまんまを告げたのは、子どもだった。
子どもは純真だからではなく、余計な気遣いをしないからだ。
大人は気遣いや空気を読むから、思っていることをそのまま言わない。けれど、たまに思ったままを言うこともある。
言った方は、気づかないで見たまま(感じたまま)をいうので、
「何それ?!失礼じゃないの!」
と反応されて、きょとんとして、場違いだったと大人に戻る。
ここで大人に戻らないで、そうかも、と受けとめられると、
オープンにひとつ上の次元で話せるんだけどね。
この人、なんだかんだ言って一人で舞い上がってるだけじゃん、という人がいる。
でも、その人には、僕は一人でうつむいてるだけの人に見えてるんだと思う。
似ているけれど、陰陽が逆と感じた。
陰陽が逆なので、合わないと思い出したら居心地の悪い関係になる。でも、ひとりよがりな点は同じなので盛り上がる感じはわかってて合うと思うと、いい感じの関係になる。
表面的には真逆な二人は、実は同じ気質がある、気質の出し方が違うだけって面白いと思う。
面白いよね~、今日はどんなふうに見えてる?
と話せたら、いい友だちになれるだろうなぁと思う。
たいていは、
調子にのってるけれど、お前の姿はこうじゃ!
落ち込んでかわいそうぶってないで、やれよ!
と反発しあうのが、大人げないよねぇ。(^_^)