雑記

ゆる~く、想いついたことを、語る

徘徊ですか?

あ~~~~イライラした。

 

今年の誕生日が来ると81歳になる母が、

目薬を買いたいというからドラッグストアに行った金曜日。

 

買い物カートを押しながら、店の中をくまなく見て回る

あぁ、毛染めなぁって、毛染めを選ぶ、

「これはいくらだ?色は?」といいながら、

僕にも聞いてくる、

「液体とクリームがあるんだ、どっちがいいの?」

と始めは穏やか僕。

ボックスティッシュの前で、「これ安いか?」

トイレットペーパーの前で、「買ってやろうか?」

カップ麺の前で、「いらないか?」

ペットボトル飲料の前で…、「… 」

 

何しに来たのか、わかってるのか?

僕は暇人だから付き合うものの、

忙しいモードの一般人なら、

イラッとするよねぇ(まだ耐えられていた)

 

あれこれ見てまわるけれど、

いっこうに目薬には向かわないので、

「何買いに来たのかわかってる?」

と聞いてみた。

「あれぇ、なんだっけなぁ」

「目薬だよ」

「そうだ、目薬だ」

やれやれ、目薬買って帰るよと僕は思う

「ラジオの電池」

目の前に現れた電池コーナーに電池がいるという、

「電池切れたの?」

「いや、切れるかなぁと思って」

「じゃ、今日でなくてもいいんでしょ」

(立場を変えれば、今日でもいいでしょ、もありだけど、

この時点で、いい加減に帰るぞ!って思い出してるから

目薬買えよ!ってイライラしてきてる僕)

電池はパスしたものの、

そのまま洗剤エリアへのろのろとカートを押して行く

ぐるぐるまわっているうちに、

これって『徘徊』ですか?と思う。

母は認知症ではないと思う、一人暮らしできてるし。

僕は母が買い物に出る時なるべく好きにさせたいと思う。

自分で店へ行くことがほぼ無いし、運動も兼ねて。

なんて言ってられなくなって、イライラしだした。

お店の店員さんが『何かお探しですか?』

と声をかけてきたりもした。

車に戻って時計をみたら1時間が経っていた。

店員さんがおかしいと思うわけだ、と後から思った。

 

徘徊には理由がある、と言われる。

店の中を歩きまわるのは、どんな理由があるんだろう?

目薬を買うという目的を忘れていたのか?

いろいろ見て回りたかったのか?

目の前の商品にしか対応できないのか?

構ってほしいのか?

理由なんて無いのか?

 

レジを済ませて買い物を完了することはできる。

一方で、僕がイライラし始めても、

気づいていないのか、化粧品コーナーに行ってみたり

試供品のクリームを手に塗って、

てへっと笑って見せたりしてた。

 

病気ではないだろうけれど、

付き合いきれない行動をするようになった。

 

この日は郵便局で古い通帳を解約してと言っていたけど、

窓口で解約済みだと言われてきた。

通帳に『継続』の判子が押してあるのにと

母は納得しきってはいなかった。

それは通帳が新しくなって次の通帳に引き継ぎましたよ

ということでしょと言ったが納得はしないが受け付けた。

郵便局のやり方がおかしいんだとつぶやいてた

それは、母に理解できないことは間違っている

という思考=見当識障害の始まりだろうか?

 

ともかく、

介護認定を受けるくらいに老化が明らかで

介助の必要な老人ではない時期こそ

見守り、寄り添いの意味が大きいと感じた。

 

そんな時期の家族は、

目薬買いに行きたいと家を出て、

1時間お店を徘徊するのに付き合うような

暇はないだろう

 

僕が介護に関わっていなかったら、

お店にいる時間は最長10分いたかどうか

 

まとめの言葉を探してみたら、

歳はとりたくない、早く死にたいものだ

でした。_| ̄|●